転換期を迎えた百鬼夜行絵巻研究
国際日本文化研究センター
教授 小松 和彦

小松和彦

従来、百鬼夜行絵巻といえば、まず京都の大徳寺真珠庵が所蔵する「百鬼夜行絵巻」(百鬼夜行図)が想起され、それを中心に語られてきました。主に道具の妖怪が、あたかもパレードを繰り広げているかのように次々に登場する絵巻で、関連絵巻中、最も古くかつ美術的にも優れており、重要文化財に指定されています。

ここに登場する道具の妖怪とは、道具に目鼻や手足がある、つまり擬人化されていることによって「妖怪」(化物)とみなされているものです。この道具系の妖怪は、後世の人びとの注目を集め、大いに愛好されました。この人気とも関係すると思うのですが、真珠庵本系の百鬼夜行絵巻の模本は、江戸時代、多数描かれました。

日本の妖怪は、道具を妖怪化したことで、限りなく増殖することが可能になったのです。もし描こうと思えば、現代の車や携帯電話、パソコンでさえも、妖怪化(擬人化)して描くこともできるでしょう。

しかしながら、近年の研究では、美術的価値を脇に置けばという条件つきですが、もうそろそろ道具の妖怪から、あるいは真珠庵本から、妖怪絵巻や妖怪画の歴史を説き起こすのは止めにすべきではないか、という声が上がってきています。

国際日本文化研究センター所蔵の「百鬼ノ図」の発見によって、従来の説がどのように書き換えられたかは、拙著『百鬼夜行絵巻の謎』(集英社新書)で詳述しましたので、以下では、今後深めるべき課題をいくつか指摘してみましょう。

道具の妖怪たち(日文研所蔵「百鬼ノ図」 部分)
道具の妖怪たち(日文研所蔵「百鬼ノ図」 部分)

百鬼夜行絵巻を含む妖怪絵巻を、日本の絵画史あるいは絵巻物史のなかに位置づけようとしてみますと、「鳥獣人物戯画」以来の戯画絵巻の流れの組んでいる戯画とみなすことができます。例えば、鳥獣人物戯画の場合、風刺をも含む笑いを誘う滑稽なものとして、動物たちに衣服を着せたり人間の生活を真似させたり、聞き取れませんが物を言わせたりしています。これが笑いを誘うわけです。

ところが、日本人の想像力は、さらにこうした擬人化を、動物から魚介類、さらには道具にまで広げていきました。その結果生まれたのが、妖怪絵巻のなかの妖怪たちの先祖です。ですから、動物や魚介、道具の妖怪たちが、グロテスクさとともに滑稽さも含んでいるのは、当然のことなのです。妖怪画は、そのような戯画、擬人化の手法と人間に危害を加える鬼・悪霊の絵画化の流れとが合流して生まれてきたのです。

それでは、戯画と妖怪画との違いはどこにあるのでしょうか。もっと正確にいえば、戯画でありつつも妖怪画でもあるという特徴はどこにあるのでしょうか。

それは、人間たちが、擬人化された動物や植物、魚介、さらには道具の世界をなにかのきっかけで覗くような場面があるどうか、という点にかかっています。例えば、ある家で夜中に話し声がするので目を覚ますと、部屋の道具たちが物を言い、動き出して宴を始めたとか、あるいは、昼間、庭を眺めながらしばしまどろんだとき、庭の動物たちが物を言い出し人間の衣服を着て登場し遊びに興じているのを目撃したとか。これによって怪異譚の性格を帯びることになります。このような趣向の怪異譚は、中世のいわゆる御伽草子類の中に豊富に見出すことができます。さらにいえば、こうした部分を冒頭に付け加えることで、「鳥獣人物戯画」を怪異譚に仕立て直すことさえできるはずです。

このあたりのことをよく示しているのが、京都市立芸術大学所蔵の「百鬼夜行絵巻」で、動物や道具などの妖怪たちの宴を人が床下から覗き見ている様子が、冒頭に書き込まれています。

もうひとつ研究上の発見は、多数の百鬼夜行絵巻の画像を集め、その妖怪の配列順序を編集工学的に比較したところ、意外なことに、真珠庵本の妖怪の配列と類縁関係をもった模本が少ないことが明らかになってきたことです。これは、多くの百鬼夜行絵巻の模本は、真珠庵本からの系譜に連なるものではなく、真珠庵本には祖本があり、その祖本からの系譜に連なるということを物語っています。そして、模写の年代は江戸後期ですが、編集工学的に祖本に近い配列を示していると思われるものとして、例えば、国際日本文化研究センター所蔵の「百鬼夜行絵巻」(日文研B本)が浮上してきています。

道具の妖怪たち(日文研所蔵「百鬼夜行絵巻」 部分)
道具の妖怪たち(日文研所蔵「百鬼夜行絵巻」 部分)

ほかにもいろいろ指摘すべきことはありますが、以上述べたことだけでも、妖怪絵巻の成立やその系譜に関する研究が大きな転換期にさしかかっているということが、おわかりいただけたのではないでしょうか。もはや真珠庵本から議論を立ち上げるわけにはいかなくなってきているのです。

詳しくは、百鬼夜行絵巻の誕生とその展開を展示で示した「百鬼夜行の世界」展とその関連事業であるシンポジウムを覗いていただければ、と思います。

(平成21年5月15日掲載)

 

著者プロフィール

小松和彦(こまつ・かずひこ)

昭和22年生まれ。東京都立大学大学院博士課程単位取得退学。信州大学助教授、大阪大学教授を経て、平成9年より現職。 主な著作『百鬼夜行絵巻の謎』(集英社新書)、『妖怪文化入門』(せりか書房)、『憑霊信仰論』(講談社学術文庫)、『福の神と貧乏神』(ちくま文庫)

※著者の肩書きは掲載時のもの

 

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